東京高等裁判所 昭和25年(ネ)606号 判決
控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人沢辺保と訴外富沢芳明との間に昭和二十二年六月四日附を以て成立した東京都所有の同都台東区浅草公園地第二区仲店東側五号の工作物並びに同所内の造作に関する契約、被控訴人青木ふみと訴外富沢芳明との間に昭和二十二年六月四日附を以て成立した前同所四号の工作物並びに同所内の造作に関する契約はいづれも無効であることを確認する、控訴人に対し被控訴人沢辺保は右五号工作物内にある別紙<省略>第一目録記載の物件を、被控訴人青木ふみは右四号工作物内にある別紙第二目録記載の物件をそれぞれ引渡すべし、訴訟費用は被控訴人等の負担とする、との判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方各代理人の事実上の供述は、控訴代理人において、
(一) 被控訴人等と訴外富沢芳明との間に成立した各契約の無効確認を求めるというのは、右各契約(乙第一号証の一、二)により該契約の目的としている法律上の効果が発生していないことの確認を求める趣旨である。
(二) 而して、右各契約の対象として契約書自体には(イ)商業権(ロ)造作、硝子戸付戸棚二個、畳四枚外造作一切の譲渡と表示している。右(ロ)の部分はこれ等の動産の譲渡の効果のないこと、即ち、その所有権を被控訴人等が取得せずとの意味であることは勿論である。右(イ)の商業権というのは「係争の場所を占有して事実上平穏且つ公然に商業を営む地位」であると解するのである。これを占有権といつても可なり。法規上東京都よりの使用権譲渡の認可がある前に事実上かかる地位を合法的に承継するということである。この地位は譲渡の目的物となるのである。その承継者より使用権の譲受承認を願い出でれば(民法上の賃借権の譲渡承認と同一態様のもの)東京都は新使用権設定という行政形式でこれを認めるのである。右契約はこの商業を営む事実上の地位の譲渡を契約上の効果の一部としていると解する。
(三) 右譲渡の目的物(係争場所において商業を営む地位)は、控訴人の主張によれば、控訴人に帰属しており、前記富沢芳明には存在していない。従つて、富沢よりの譲渡契約によつては移転するものではない。矢張り控訴人に帰属しているものであり、被控訴人等に移転したものではない。このような場合には、真の権利者である控訴人は被控訴人等に対し消極的確認の訴を提起する利益がある。右のような一種の対世的効果のある地位を被控訴人等が有せざる旨の消極的確認の訴は、必ずしもその譲渡人である富沢芳明を当事者に加えずとも、譲受人である現在の地位の主張者のみを相手方としても不当ではない。
と述べ、被控訴人等代理人において、
(一) 契約の第三者が該契約の無効確認を求めるのは不当である。
(二) 富沢芳明から被控訴人等が買受けた権利は営業権であつて、東京都において認めていない工作物の使用権ではない。又、本件造作等が控訴人の所有に属することは否認する。仮りに控訴人の所有であつたとしても、被控訴人等は平穏且つ公然に本件動産の占有を始めたものであつて、善意且つ無過失であつたから、民法第百九十二条によつて該物件の所有権を取得した。
と述べた外はいずれも原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
先ず訴外富沢芳明と被控訴人等との間に昭和二十二年六月四日成立した各契約の無効確認を求める請求について、被控訴人等主張のように、契約の第三者が無効確認を求めるもので当然に不当のものか否かを按ずるに、普通の場合は他人の間に成立した契約については、その有効無効の確認を求める法律上の利益を有しないのであるが、控訴人が本訴において無効確認を求めている対象は、控訴人の釈明するところによれば、前記事実摘示中に記載した通り、普通の用語例にいう契約の無効確認とはその意味を異にしている。即ち、右契約書である乙第一号証の一、二に記載してある(イ)本件仲店の商業権即ち商業を営む地位或はその占有権を控訴人が有していたが、これが右契約によつて被控訴人等に移転しないこと、又、(ロ)右仲店の造作等別紙目録記載の物件は控訴人の所有であるが、これまた右契約により被控訴人等に移転しないことの確認を求めるというのであつて、結局控訴人がその主張によれば本件仲店につき従来有していた右のような権利や法律上の地位について確認を求める趣旨であつて、他人間の権利関係の確認を求めるものではないのである。従つて、右のような確認の請求は、被控訴人等のいうように、第三者間の契約の無効確認を求めるものであるとし、請求それ自体理由のないものとして排斥すべきものではない。而して、控訴人が本訴の請求原因として主張する事実の中控訴の趣旨表示の仲店四号及び五号の各工作物は東京都の所有に属し、都は大正六年十二月二十二日条例第八号東京都公園使用条例により公園施設に伴う業務を営む者及びその業務の承継者に限つて有料でその使用を許可すべきものであること、右仲店は昭和二十年三月十日の戦災によつて大破したので、旧使用者は昭和二十一年中自費で修理復旧することを条件として都から引続き借り受けることとなつたが、当時旧使用者の所在不明であつた本件四号、五号及び外一個所の店は仲店一帶の工作物の使用者で組織する商店会で費用を立て替えて修復すると共に、第三者にその使用を許す一方、旧使用者のためには慰藉金名義の補償金を積み立てて置くことになつたこと、右四号及び五号の店については昭和二十一年七月中商店会の代表者に対し商店会の立替金及び慰藉金合計一万七千九百八十円が支払われ、東京都に対しては訴外富沢芳明の名義で右四号及び五号の店の使用許可を申請し、同年九月十日その許可があり、爾来その店で菓子販売を営んでいたこと、昭和二十二年六月中右富沢芳明より被控訴人沢辺は前記五号工作物の使用権、営業権並びに同工作物内にある別紙第一目録記載の物件を、又、被控訴人青木は前記四号工作物の使用権、営業権並びに同工作物内にある別紙第二目録記載の物件をそれぞれ譲り受けた上、右各工作物を使用して業務を営む地位を承継したものとして東京都に対し所定の手続をなし、都から右各工作物の使用許可を受け、それぞれ右各工作物及び別紙目録記載の各物件を占有使用して営業を営んでいることはいずれも当事者の間に争がない。
而して、原審並びに当審証人富沢芳明、沢辺松三郎、青木酉蔵、岡田四郎の各証言成立に争のない乙第二号証の一、三第十三、十四号証当審証人富沢芳明の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証の一、二原審証人青木酉蔵の証言により真正に成立したものと認める乙第四号証の一、二第六、七号証の各一、三によれば、富沢芳明は被控訴人等との間に昭和二十二年六月四日それぞれ控訴人主張のような各譲渡契約をなし、該店舗と別紙目録記載の物件を被控訴人等に引渡した後、富沢は同月四日東京都に対し右各工作物の返納届を提出し、被控訴人等は改めて同月中都に対しこれが使用願を提出して同月中その許可を受けたものであることが明らかである。而して、本件仲店使用の準拠法である東京都公園使用条例(乙第八号証)によれば、仲店は許可名義人以外の者の使用を禁止し(同条例第七条)、この規定に違反したときは使用許可の効力を失う(同第一四条)ことを規定しているのであるから、使用許可を受けた名義人だけが許可による使用権を取得するものであることは疑ない。従つて、本件五号及び四号の各工作物の使用許可が控訴人主張のように富沢芳明名義を以つて与えられていた以上、控訴人のいうように、商店会の立替金や慰藉金等を控訴人が支払い、又、控訴人が富沢芳明を使用人として右五号及び四号工作物において営業をしていたような事情があつたとしてもこのような控訴人対富沢間の内部関係のいかんに拘わらず、控訴人は東京都に対する関係においては都の使用許可による本件各工作物の使用権を取得していなかつたものであることは少しも疑を容れない。
以上説明したように、被控訴人等はそれぞれ富沢芳明より本件各店舗の営業権並びに同工作物内にある別紙目録記載の物件の譲渡を受け(その所有権を取得したことについては後に説明する)且つその引渡をも受けた上、新たな許可に基き富沢の使用権とは別個の使用権を取得したものであるから、右譲渡契約を無効とする理由のないのは勿論、被控訴人等はこの独立に取得した使用権に基きそれぞれ該工作物において営業をなしうる地位にあるものであつて、控訴人は最早右工作物において営業をなしうる地位にはなく、又、これについて占有権を有しないものといわなければならない。よつて、本件契約の無効確認を求める請求(控訴人のいわゆる商業を営む地位若しくは占有権を含め)は理由がないものとしなければならない。
次に、原審並びに当審証人富沢芳明、石橋祥夫、糟谷うめ、当審証人糟谷磯平の各証言によれば、本件仲店五号及び四号の各工作物においては控訴会社が、その社員糟谷うめの甥に当る前示富沢芳明に一切を一任して菓子商を営んでいたものであつて、別紙目録記載の物件は控訴人が右各店舗内にその造作及び営業用什器として取り付け又は備え付けたもので、当時控訴人の所有に属していたことが認められる。しかし、前記認定の通り、本件五号及び四号の各工作物の使用権が富沢名義で許可されていたこと、昭和二十二年六月中富沢が被控訴人等に対しそれぞれ右各工作物内における営業権並びに本件各物件を譲渡する契約をなし右店舗と共に該物件を被控訴人等に引渡したものであること、なお、前記証人岡田四郎、沢辺松三郎、青木酉蔵の各証言成立に争のない乙第二十三号証の二原審証人富沢芳明の証言により成立を認めうる乙第九号証右沢辺証人の証言により成立を認めうる乙第二十号証の一によれば、本件五号及び四号の各工作物を含む浅草公園仲店において営業する者は商店会を組織し、その会員は会費を支払い、東京都に対する使用料は同会を通じて納入していたのであるが、富沢は昭和二十一年十一月頃から本件各工作物内に居住し、控訴人の依頼に基き菓子商を営んでいたものの自己名義で商店会の会合に出席し会費や使用料を納入していて、控訴人はこれに関し右営業及び物件が控訴人に属していることを表示するような方法をしていなかつたことが認められるので、右各事情を綜合すれば、被控訴人等及び一般第三者は右営業並びに各物件が富沢に属しているものと信ずるような状態にあつたもので、被控訴人等はかく信じて前記のように、富沢との間にそれぞれ譲渡契約をしたものと認めるのが相当である。原審並びに当審証人石橋祥夫、糟谷うめ、原審証人山本藤五郎、当審証人糟谷磯平の各証言当審における控訴会社代表者石橋一子本人尋問の供述中右の認定と相容れない部分は措信し難いし、他に右の認定を覆えすに足る程の証拠はない。而して、右に認定したような事情の下においては、被控訴人等が本件各物件を富沢芳明より譲り受け且つその引渡を受け、これが占有を取得したのは、善意にして平穏且つ公然であつたことは勿論、同人の所有に属していたものと信じたことについては相当な事情があつたものであつて、即ち、この点について過失がなかつたものと認めるのが相当である。従つて、被控訴人等はそれぞれ前記各譲渡契約に基き本件各物件の引渡を受けると同時に民法第百九十二条の規定によりその所有権を取得したものといわなければならない。よつて、別紙目録記載の本件各物件について控訴人に所有権があることの確認及びこれに基ずいてその引渡を求める控訴人の請求もまた排斥を免れないものである。
従つて、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十五条の各規定を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)